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福岡高等裁判所 昭和59年(う)79号 判決 1984年6月19日

主文

原判決を破棄する。

本件を大分地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人白垣政幸が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中法令の解釈適用の誤りの主張について

所論は、要するに、原判決は、その判示第一、第二において、いずれも、「墓碑を手で押し倒して損壊し」たという事実を認定して、これらが「いずれも刑法一八九条に該当する」としているが、右各所為程度ではいまだ同法条に該当するとはいえないし、仮に同法条に一応該当するとしても、本件は、可罰的違法性のある動機、態様及び罪質の事案であるとまではいえないから、被告人は無罪であるのに、原判決が、その判示第一、第二の各事実につきいずれも刑法一八九条を適用して、被告人を有罪としたのは、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、原審において適法に取り調べられた各証拠によると、

1  衛藤佐助は昭和五〇年五月二五日ころ、石材業者の三好穂積に依頼して、原判示の墓地内に、それまであつた衛藤家の先租あるいは縁者の墓石七基位及び土饅頭四基位をとり壊して、ほぼその場所に、いわゆる寄せ墓として納骨塔(以下「衛藤家の墓」という。)を建て、その中に従前の遺骨を納めた。

2  衛藤家の墓は、コンクリートブロックの基礎の上に、鉄骨入りコンクリート製の平型納骨室が置かれ、納骨室の上部は、鉄平石で覆われ、四辺を長石で縁取られており、その上の中央部分には、水鉢、花立、線香立及び台石があり、台石の受石、その上に仏石(穂石ともいう。)が立てられ、仏石の正面には、「衛藤家之墓」なる文字が彫り込まれており、周縁部には、正面両側に門石、四隅に桂石、左右と後ろの辺に板石が置かれている。そして、納骨室の正面には、三段からなる上り段が設けられ、その最上段の左手に法名塔とその受石があり、法名塔には、納骨された人の法名などが彫り込まれており、納骨室の裏側には、コンクリート製の両開き戸になつた入口がある(別紙図面記載のとおり)。

3  被告人は、衛藤家の墓が、自己らの共同墓地内に、正当な権限がないのに建てられたものであるとして、前記衛藤佐助と係争中であつたが、昭和五七年九月一五日ころ、衛藤家の墓に衛藤佐助の先租あるいは縁者の遺骨が納められていることを知りながら、同墓の仏石を後ろから手で押し側して、上り段の二段目まで転落させ、その衝撃で、法名塔を左側の地面まで、納骨室上部正面の長石及び左右の門石を上り段上部までそれぞれ転落させるとともに、左側の門石を折損させ、かつ、正面両側の桂石を地面に転落させたが納骨室それ自体には損傷はなかつた。

4  衛藤佐助は、その後、前記三好穂積に依頼して、転落した石を、破損しているものは破損したまま、もとの位置に戻し、割れているものはセメントでとめて、同年一二月七日ころまでに衛藤家の墓を修復をした。

5  被告人は、右修復を知つて、再び同年一二月二三日ころ、衛藤家の墓の仏石を後ろから手で押し倒して、上り段の上部まで転落させ、その衝撃により、法名塔を左側地面に転落破損させ、左右門を上り段上部に転落させて、右側門石を折損させ、線香立の角を破損させ、納骨室上部正面の長石と納骨室との接着部のセメント壁の一部を剥落させ、納骨室と正面上り段との継ぎ目に沿つてひび割れを生じさせたが、納骨室それ自体は、右のとおり、そのセメント壁の一部剥落が生じたにとどまつた。

以上の各事実を認めることができる。

ところで、刑法一八九条にいうところの「発掘」とは、墳墓の覆土の全部又は一部を除去し、もしくは墓石等を破壊解体して墳墓を損壊する行為をも含むものと解すべきであるが、右の「墓石等を破壊解体して墳墓を損壊する」とは、墳墓発掘罪の性質上、前認定のとおりの構造を有する本件衛藤家の墓の場合にあつては、少なくとも、その納骨室の壁、天井及び扉等の重要な部分を破壊解体することを必要とするものと解するのを相当とするところ、前認定事実によると、被告人が、前後二回にわたり、衛藤家の墓の納骨室の重要な部分を破壊解体したとまではいうことはできないから、原判決が、その判示第一、第二の各事実につき刑法一八九条を適用して、被告人を有罪としたのは、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、従つて、原判決は破棄を免れない。論旨は、右の点において、理由がある。

そこで、その余の控訴趣意について判断をするまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、原判決を破棄するが、前認定の被告人の各所為は、他の犯罪(刑法一八八条一項に該当する犯罪)を構成する可能性もあるところ、本件審理の経過上、当審において改めて訴因の変更を許可したうえで自判しても、被告人の利益を害しないということはできないから、本件を原裁判所に差し戻して、更に審理を尽させるのが相当である。

それで、刑事訴訟法四〇〇条本文に従い、本件を大分地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(桑原宗朝 斎藤精一 泉博)

図面<省略>

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